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- 2004年05月17日
日経が送られてきた。差出人は文化欄の担当者。36p最終ページの文化欄に「自由を問う」という見出し。例の取材を受けた記事がどかーんと載っている。大澤さん東さん仲正さんにまじって私は「談」編集長という肩書きで談話。しかし、5月1日土曜版というのは、連休の真ん中でしかも土曜日。会社とかキオスクで読まれる機会が多いはずの日経、はたして注目されたのだろうか。たぶん皆の目には止まらなかったのでは…。だって、僕も知らなかったもの。
- 2004年05月15日
●ブレヒトの「叙事詩的演劇」という言葉の意味が突然理解できた。高田渡の歌にあって高石ともやになかったもの。生活保守主義という呪縛。 ETV特集(NHK教育)「フォークであること……60年代ファーク歌手たちは今」を見る。「1960年代から70年代、日本が高度経済成長をとげ学生運動や安保闘争で社会が騒然としていた時代。高石ともや、高田渡、岡林信康らが歌ったメッセージ性のあるフォークソングが、若者たちの熱狂的な支持を受けていた。「関西フォーク」とよばれる彼らの歌や、生き方そのものが今静かな注目を浴びている。最近では、高石ともやを始めとする60年代のレコードがCD化、24時間京都駅頭ライブも始まり、今年4月には高田渡の音楽ドキュメンタリー「タカダワタル的」が公開され、ニューアルバムも発売される。フォークスタイルの曲を歌う若い歌手も増えてきた。80年代以降、彼らは表舞台から姿を消したが、一貫して日常の実感を込めた歌を歌い続けている。そして、高石ともやの言葉を借りれば「自らが民衆の立場にいるから、民衆の歌を歌える」と、清貧とも呼べる暮らしを送ってきた。いまなぜ「フォーク」なのか。番組では、彼らの歌とその原点となってきたこれまでの生き方に迫り、時代をこえて歌い継がれる「フォーク」(人々の歌)とは何かを考えていく」(番組解説より)。 高石ともやと高田渡。この35年あまりの二人の対照的な生活をカメラがあぶり出した。昨日の酒井さんの議論が蒸し返された。フォークの旗手高石ともやは、70年代初頭、歌い手としての成功によって逆に社会から遊離することに疑問を持ち、福井の村に移り住む。以来15年間家族と隠遁生活を続ける。そして90年代彼は再び歌い始める。家族への愛、普通の生活の慈しみという言葉を携えて。彼が目指したものは、まさに「生活」への回帰だった。ソロー的なアメリカン・ウェイ・オブ・ライフとしての自然の「生活」。家族を愛し、家族の幸福を生き方の一番に据えて、もしもそれを脅かし壊そうとするものがあれば戦う。正義と権利を主張し、そこにある自由を決して手放さない。それこそ、80年代90年代に形成された「生活保守主義」ではないか。高石ともやはそれを愚直なまでに演じようとしたのだ。彼の歌は、どれも希望の歌。しかし、それこそ、高石が演歌に見てとって、否定しようとした「感情」の歌ではないか。ここにパラドクスがある。それとは対照的に、高田渡は、一度も歌を捨てることなく、全国を回りながら、等身大で歌い続けてきた。そして今も昔もただの酔っぱらい。「自衛隊に入ろう」「生活の柄」も聞けばすぐ分かるように、彼の歌は常に叙事詩的である。叙事詩的であって、叙情性が入り込む余地がない。それゆえ、安易な生活保守主義に怠落する余地というものがないのだ。同じ「生活」を歌いながら、高石ともやが失い高田渡が死守しえたもの。それはこの叙事詩的な語りではなかったか。つまり、この叙事詩的であるか感情的=叙情的であるかが、この30年間をどう総括するかという一つの分岐線になるのではないか。ブレヒトの演劇論を思い出した。ブレヒトは政治を演劇化したのではなく、演劇を政治化したのだ。言い換えれば、「生活」を政治化したのである。「タカダワタル的」という文化の政治化。
- 2004年05月14日
●ナルシズムと生活保守主義がもたらしたものは。80年代と現代の底の方にあるものは、じつはぜんぜん変わっていないのかもしれない。 京都から大阪へ。環状線に乗り換え外回りで鶴橋へ。インタビューまで時間があるので、鶴橋商店街を散策する。アーケードが縦横斜めに通っていて、まるで巨大な迷路のようだ(専門店が数百件はあるだろう)。筋(通り)ごとに一応鮮魚、野菜、コーリアンとか別れてはいるみたいだが、一見してはわからない。立ち食いすし屋があった。お好み焼き屋に入る。一つがどでかい。とても食べきれれないと思っていたが、食べれてしまうのだな、これが。JR駅前改札上、喫茶志路へ。真向かいにブックオフ。つい前までは、鶴橋デパートだった。酒井さん曰くすっごくショボかったそうな。14時30分にその酒井隆史さんが現れる。奥に会議室があって、そこでインタビュー。90年代NYで、ジュリアーノ市長がとったゼロ・トレランス政策の概要を述べていただいたあと、不寛容さが極端に進行した現代の日本社会の背景にあるもの、またそこにいたる経緯、さらにはその意味といったものを、さまざまな事例をもとに語ってもらった。キーワードは、ナルシズム、偽善、密告、暴言、迷惑、世間、夢の否定。80年代の生活保守主義が消費社会の形成とともに作り上げたものとはなにか、そしてその裏で何を隠ぺいし排除したのか。一見バブルの80年代と今はまったく異なるように見えるが、生活保守主義の浸透という観点から見ると、ほとんど変化はない。現代の日本はそれを単に徹底化しただけにすぎなかった。その実直さは、日本人の特徴なのか。安易な日本人特殊論に陥らずに、このことをきちっと論じきること。今、社会学に求めてられているのは、まさにこうしたアクチュアルな問題へのアプローチだろう。インタビュー終了後、鶴橋駅前の喜楽園という焼き肉屋へ。酒井さんは、大阪の芸人をもっともっともり立てて、もう一度大阪を笑いの殿堂にしたいという夢ならざる「夢」を語った。僕も大賛成だ。一見、関係ないと思われるかもしれないが、匿名性、ゼロ・トレランスの話とこのお笑い復興の話は、ちゃんと結び付いているのです。『談』の最新号を読んでいただければわかりますんで。
- 2004年05月13日
●生命科学の進歩と発展によって、ゾーエーの次元の新たな状況が肉体に起こっている。ゾーエーという匿名性に注目しなければならない。 小泉義之先生を立命館大学大学院先端総合研究科に訪ねる。こちらから質問をはさみながらのインタビューとなった。生-政治がビオスからゾーエーのレベルをその対象とするようになった時、社会構築主義か本質主義か、というこれまでの対立軸は、変更を余儀なくされるだろう。さらには、アガンベン的なビオス/ゾーエーの分断それ自体も捉え直す必要がありそうだ。科学技術の進歩・深化が生命というまさにゾーエーそのものを主たる対象としている時に、ビオスにおける政治の用語はすでに意味をもたなくなっている。身体の次元におけるゾーエー+情報テクノロジーという新たな事態が生じている。ゾーエーに内在するビオスをこそ問題視しなければならない。これまでの人間観は、誕生と死というライフサイクルの始めと終わりを軸に据えていた。しかし、ゾーエーとビオスが深く絡み合っている生命を取り巻く状況下では、さらにその中間に存在する生殖を、もうひとつの軸として取り込む必要がある。生-政治の分析は、こうして誕生-生殖-死というゾーエーのレベル、つまり匿名的な肉体の次元に定位して、もう一度ビオスとしての身体の理論を練り上げる時代になってきた。とまあ、インタビューはこんな感じの話。フーコーの「生-政治」を読み抜くことによって、われわれはフーコーのさらに先へ進まなければならないと。まったく同感である。インタビューのあと、大学のそばの「海風」で食事。小泉先生は、アルコールを一滴も召し上がらなかった。高校時代から飲んでいないんだそうだ。手塚治虫のあのあやしさはなんだろうかという話になって盛り上がった。
- 2004年05月08日
精神分析医と社会学者は「2ちゃんねる」をどう見ているのか。 no.71号特集「匿名性と野蛮」収録予定の斎藤環さんと北田暁大さんの対談を行う。『小説トリッパー』で今年同時に連載が始まったり、東浩紀さん大澤真幸さんとの対談を過去にされていたりとか、何かとニアミスする場面が多かったお二人だが、意外なことに今回が初顔合わせだった。テーマは「メディアと匿名性……2ちゃんねるとBlogのディスクール」。斎藤さんが『inter communication』の連載「メディアは存在しない」の第7回「メディアのオートポイエシス」で、北田さんの論文「嗤う日本のナショナリズム」(『世界』2003年11月号所収)を引いていたので、まずそのことをきっかけに対談は始まった。北田さんと事前にお会いした時に、「僕は話すのあんまり得意でないので」とおっしゃってられて、ちょっと不安はあったのだが、いざ対話が始まるとお二人とも話す、話す。ことばが次々と湧いてきて、まったく途切れることなく話は続く。むしろ事前の危惧は、「このまま永遠に終わらないんじゃないか」といううれしい心配に変わったほど。お二人とも「2ちゃんねる」にスレッドが立っていたり、自らもほぼ毎日見ている熱心な2ちゃんねらーであることもあって、盛り上がらないわけはないとは思っていたけれど…。それにしてもこんなに充実した議論になろうとは正直予想してなかった。斎藤環さんと北田暁大さん、ほんとうにご苦労様でした。対談の内容? もちろん面白いっす! 楽しみにしていてください。「2ちゃんねる」をここまできちっと評価し批評したものはまだないと思うし、またBlogについては、未来予想も含めて貴重なご意見がてんこ盛り状態。とにかく、乞うご期待。
- 2004年05月06日
東大社会情報環へ。赤門の守衛さんに旧社会情報研究所はどこかと尋ねると、すぐ裏だと教えてくれた。しかし、9階まであるような高い建物ではないとおっしゃる。しかし、実際には9階以上まであった。守衛さんは案外何も知らない? 北田暁大さんと挨拶。『談』を持参したといったら、たいてい持っているとうれしいことをおっしゃる。北田さんは、斎藤環さんの精神病理の話はとてもよくわかるのに、今回の『inter communication』の連載における「2ちゃんねるとBlogの話」はまるでわからなかったという。とにかく僕にも理解できるように話してもらうというスタンスで、主に質問者として臨みたいとおっしゃった。「匿名性」は今の社会を考える時のキーワードとしてはふさわしいと。タイトルがいいとも。昨年末に取り憑かれるようにやりだしたBlogだが、もうすでに更新がとどこうっているものが出始めている。やはり、Blogは根づかないのか。それにひきかえ「2ちゃんねる」は相変わらずだ。例の北田さんのBlogで展開された上野さんとの応酬は、「2ちゃんねる」にスレッドがたっていて、2ちゃんねらーはその応酬ぶりを楽しんでいたという。そんなことぜんぜん知らなかったよ。それで、いつ喧嘩になるか、いまかいまかと待っていたらしいのだが、マジに応酬が続いたので、2ちゃんねらーの方たちすっかり熱がさめてしまったのだそうだ。この状況は、まさに「2ちゃんねる」とBlogという性格の異なるメデイアの特徴をみごとに表している。こんな実例がたくさん出れば面白いだろう。
- 2004年05月04日
匿名性と「2ちゃんねる」関係のネタをネットで探す。やはりあった。「2ちゃんねるの工学的研究 」。大阪大学経済学研究科講師松村真宏らの研究。
- 2004年05月02日
「サンデープロジェクト」を見る。年金問題と静岡の水利権疑惑。年金問題は、閣僚の年金不払いが発覚したにもかかわらず委員会で強行採決されたことに対して民主党やフロアから反発。水利権疑惑は、農業用水を工業用水に転用するのは違法にもかかわらず、30年近く行政黙認で行われていた。なぜそんなことがまかり通っていたのかというと、余っていたとしても農業用水を工業用水に転用するには、農水省の許可が必要。ところが農水省は既得権益を守るために許可しない。そこで暗黙の了解のもとに行われていたという。ある地域では、農業用水用のダムには、貯水があるにもかかわらず、飲み水用の水道水が足りず、新たに水道水を確保するために膨大な費用をかけてダムを建設しているところがある。あらたにダムを建設した方が、市町村は補助金で賄えるために自分たちは2%の負担ですみ、転用する際にかかる費用よりはるかに安上がりだというのである。なんというムダ。こんなばかなことを許さないためにも特区化すべきではないか。座談会でお会いした榛村純一さんの掛川市もその中に入っていた。 夜NHK教育でローラン・プティの「ピンクフロイド・バレー」を見る。アン・アニエス・ジロ、草刈民代、水野美香など。1曲1曲、曲に合わせた小品を組み合わせた構成。あまりかたいことを言わずとにかく楽しめた。確かに、ローラン・プティは「かわいい」姿が好きなのだ。美しい!と思わず声を上げる前に、「かわいい!」と手を握りしめてしまう感じ。
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