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TASC Monthly No.343 2004 7月号(2004.7.1)日本たばこ総合研究所

 随想「あきらめましょうと別れて見たが(TASCマンスリー7月号 掲載)


 團伊玖磨先生の27冊の「パイプのけむり」は、今も私の混然とした書斎の後ろのテーブルの上に積み上げられています。私の人生でもっとも忙しかった時期と一緒に歩いてきたこの本の重みは、わたくしにとっては、札束を積み上げられるよりも素晴らしい宝の山だったのです。
 楽しかったときも、苦しかったときも、
歓喜に飛び上がっていた時も、別れで悲しみに打ちひしがれた時も、この本はバイブルのように、いつも、手の届くところに置いておけば私に明日への道標と活力を与えてくれたものです。
 どの文章も大好きですが、特に初期の頃
の文章は、体全体に震えが来るほどの懐かしさで一杯になるのです。「どの文章ですか」と問われれば、即座に、20編や30編のタイトルを並べ立て、その一つ、一つの文章を賛美し、感嘆し、感涙にむせび、鏡舌になるのです。
 ふつうだったら饒舌過ぎた
と自己嫌悪に落ちいるのですが、このときだけは、自己嫌悪に陥ることもなく團さんの「パイプのけむり」に回帰している自分を発見するのです。
 團さんにとっては、旅のことも、動物のことも、植物のことも、釣りのことも、お天気のことも、食べ物のことも、科学者が一つ一つ論理を積み上げていくように全てが研究の対象だったように思います。
 しかし、何と言っても白眉は、人との出会いと別れをテーマにした文章です。もちろん、人の一生を著述されるわけですから、文章は、回想風に綴られていくわけですが、その経緯が形容できない哀歓を味あうこととなるのです。
 
人との出会いでは、どの方との物語も興味つきないものがありますが、私のもっとも好きなのは、作曲家の佐々木俊一さん(1907〜1957)との出会いと別れが、忘れられない一文です。

 
【・・・・鎌倉駅前の呑み屋で一人酒を飲んでいた。…僕は、撞く小声で「無情の夢」を口ずさんでいた。
 暫くして、向こうの方にいた小父さんが突然立ち上がり、僕のそばへ来て、僕を見詰め、
 
「君は、その歌を好きですか」
 と言った

 「ええ、好きです、大変好きです、大好きですよ、節が良くて、良くてさ」

 「そうか、そうでしたか」
と言い
 「その 歌は、わしが作曲した」
と僕の手を固く握った。・・・・・・】
 これが、30歳そこそこの團青年、50歳そこそこの佐々木俊一さんとの初めての出会いだったのです。

 佐々木さんの作曲の経歴は、素晴らしい
ものがあります。ビクターの新人佐々木さんのデビュー作、昭和7年の「涙の渡り鳥」は小林千代子が歌ってレコード界始まって以来のヒット曲になりました。
 昭8年の「島の娘」は蔑町の芸者勝太郎が歌って一世を風靡し、昭和10年「無情の夢」はイタリア帰りのクラシックの声楽家、児玉好雄が歌い20万枚売れたと言われています。また、同名の映画「無情の夢」(日活)が封切られ、この曲の流行に輪を掛けました。
 どれも、わが家にあったSP盤です。團さんが酒場の片隅で歌い、功なり名をあげた流行作曲家との珍しい出会いに、忘れられない人だったと書かれています。
 
36年間、40歳から76歳を超えて、1847回も掲載された、「パイプのけむり」には、毎回素晴らしいドラマが描かれ、親から子へ、子から孫へ時代を越えて多くの人々に読まれてきました。
 アサヒグラフの廃刊は、そんな多くの人々との無念な別れでもあったと思うのです。
「生病老死、愛別離苦ほ、人の世の定めです。親しんで下さったみなさん、それでは、さようなら」と、「パイプのけむり」に残された言葉に、「先生、終わっていませんよ。音楽と本があるかぎり、世の人々は、何
時までも先生を忘れやしませんよ」と一人つぶやいています。(早崎日出太)
◆佐々木俊一(1909〜1957)の作品
ID 曲名 作詞 歌手 レコード会社 年代 発売・レコード番号
1 ああ高原を馬車がゆく 0
9 鳴呼南郷少佐 0
47 噫 山本五十六元帥 0
18 赤い灯青い灯 0
11 明日はお立ちか 佐伯孝夫 小唄勝太郎 ビクター 1942 1942.4−No.A4326
25 貴方なしでは 0
31 雨の酒場  0
55 雨のせんちで 0
66 雨のとなり船 0
4 アルプスの牧場  佐伯孝夫 灰田勝彦 1951 1951.05
紅白第1回(昭和52年)
60 歌う野球小僧 灰田勝彦 0
84 馬と兵隊 佐伯孝夫 徳山環 0
67 海辺のチャチャチャ  0
61 お俊恋唄 小唄勝太郎 0
12 かちどきの歌 0
72 勝太郎くずし 小唄勝太郎 0
73 勝太郎子守唄 西条八十 小唄勝太郎 ビクター 1936 1936.1−No.53643
44 悲しきジンタ 0
46 神風節 0
70 君とゆくアメリカ航路 0
7 燦めく星座 佐伯孝夫 灰田勝彦 ビクター 1940 1940.3−No.J54714
64 霧降る高原の駅で 0
68 霧ふる波止場のブルース 0
62 軍神加藤少将 0
15 恋は窓の下で 0
10 高原の駅よさようなら 佐伯孝夫 小畑実 ビクター 1951 1951.6
2 こころ妻  0
20 国境思えば 0
75 小鳥が啼くのに  0
65 さすらい夜曲 0
74 佐渡を想えば 0
17 桑港のチャイナタウン 佐伯孝夫 渡辺はま子 1950 1950.1
86 島の娘 長田幹彦 小唄勝太郎 ビクター 1933 1933.1−No.52533
紅白第3回(昭和54年)
16 祝捷音頭 0
58 守備兵ぶし 佐伯孝夫 小野巡 ビクター 1936 1936.3−No.53689
13 白樺の小径 0
50 新雪 佐伯孝夫 灰田勝彦 ビクター 1942 1937.8−No.A4351
紅白第3回(昭和54年)月丘雪路(歌)
63 新橋駅でさようなら 0
19 征空行 0
82 戦線日記 佐伯孝夫 小林千代子 0
23 戦線夜更けて 0
80 船頭ぐらし 小林千代子 0
78 空は青いぞ 西条八十 井崎加代子 0
71 大航空の歌 西条八十 霧島昇
松原操
日蓄 1944 1944.2−No.100835
77 地上の星座 佐々木 小林千代子 0
21 月よりの使者 佐伯孝夫 竹山逸郎
藤原亮子
1949 1949.3
53 椿の丘 0
26 敵前上陸 0
87 東京の青空 佐伯孝夫 小畑実 ビクター 1941 1941.11−No.A4247
45 東京プレリュート 0
24 東京夜曲 0
37 東京よさようなら 0
40 峠を越えて帰ろうよ 0
56 特幹の歌 清水かつら 藤原義江 ビクター 1944 1944.2−No.A4500
54 長崎のランタン娘 0
27 長崎物語 梅木三郎 由利あけみ ビクター 1939 1934.10−No.54611
81 流れの浮草 西条八十 久富吉晴 0
30 涙の渡り鳥 西条八十 小林千代子 ビクター 1932 1932.9−No.52462
51 南海ホークス球団歌 0
57 ハワイ航空便 0
29 髭に未練はないけれど 0
33 火の鳥 佐伯孝夫 渡辺はま子、
宇津美清
1950 1950.10
83 船乗りの唄 佐伯孝夫 鈴木正夫 0
32 吹雪の広野 0
36 ほがらか部隊 0
34 僕の青春 佐伯孝夫 藤山一郎 ビクター 1933 1933.4−No.52662
3 満州ぐらし 0
49 実り 0
39 無情の夢 佐伯孝夫 児玉好雄 ビクター 1935 1935.6−No.53433
5 娘ごころ 0
79 もしも男であったなら 藤山一郎 0
35 野球小僧 佐伯孝夫 灰田勝彦 1951
85 野球小僧の歌 灰田勝彦 紅白第2回(昭和53年)
紅白第6回(昭和57年)
28 矢車草の唄 0
42 弥太郎笠 佐伯孝夫 鶴田浩二 1952 1952.12
76 柳のかげで 長田幹彦 0
43 湯の町よさようなら 0
22 夜霧の砂丘  0
38 翼賛親子 0
69 ヨットの季節 0
59 夜の酒場に 0
8 夜の細雪 0
6 僚機よさらば 奥野椰子夫 灰田勝彦 ビクター 1937 1937.11−No.J54141
41 露営の星の下 0
52 若獅子の歌 0
48 別れの夜汽車 0