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安土町 日本への西洋音楽移入に貢献した織田信長
團伊玖磨 書籍目次書籍 NHKアーカイブス(埼玉県川口市)で映像は見ることが可能
 NHKの人間大学「日本人と西洋音楽」というタイトルで1997年4月〜6月間教育テレビ(毎週木曜日、午後10時45分〜11時15分/再放送午後3時〜3時30分)が、講師團伊玖磨で行われ毎週楽しみに見た。バブルが弾け、暗澹たる時代に突入し、通常時の3倍以上の労働を強いられても好転はしない、そんな状況だったのでこの時間に適応できないときは録画し、6巻のテープが今も座右にある。
 キーボード演奏による曲の解説は、始めてみる先生の姿だった。
 先生は、少し固くなっておられ、いつも舞台で見る姿とは違うように思えた。やはり、こんな形でテレビカメラの前に立つとそうなるのか、私も、コンピュータ時代の先駆けの時代テレビ番組に出演し、どうしてもあちこちにセットされたモニターを見てしまう癖が直らずプロデューサーに度々注意されたことを思い出していた。
 相変わらず、先生のお話は理路整然としていて楽しいものだったし、良く理解することができた。
 とくに、僕の祖先かもしれない織田信長が支配した安土桃山時代の西洋音楽の移入については興味を持って聴いた。
 海外の文化移入、大名の子弟の教育、キリスト教布教のため宣教師との友好のために、セミナリオ(神学校)の設立、イエズス会の宣教師たちの持ち込んだオルガンやクラヴィオ、ヴィオラの演奏、君が代発祥の歴史、音楽世界の基から現代に至るまで3ヶ月間の先生の講義は、随分と楽しい内容だった。
 この放送内容は、簡略化してあるのでちゃんとしたものを書きたいとおっしゃっていた。それが下記の項目で「私の日本音楽史」(NHK、日本放送出版協会)が上梓された。(早崎日出太)
タイトル 放送日 再放送 NHK総合テレビ放送の内容
1 音楽伝来のあけぼの 1977.04.10 04.14 書掛け項目
2 南蛮音楽の渡来 20 1977.04.17 04.21
3 ペリーと軍楽隊 41 1977.04.24 04.28
4 五つの「君が代」 57 1977.05.01 05.05
5 唱歌の誕生 77 1977.05.08 05.12
6 全国に広がる唱歌 90 1977.05.15 05.19
7 軍楽隊が育てた器楽 105 1977.05.22 05.26
8 山田耕筰〜日本語と音楽の技法 118 1977.05.29 06.02
9 大衆音楽の時代〜レコード・ラジオ・流行歌 131 1977.06.05 06.09
10 オペラとオーケストラの系譜 143 1977.06.12 06.16
11 戦時下の音楽 157 1977.06.19 06.23
12 現代日本の音楽と私 168 1977.06.26 06.30
 2003年(平成15年)6月7〜8日(土〜日)織田信長の居城安土城」のあった滋賀県蒲生郡安土町(現在、八幡市安土町)で恒例の町の有志(あづち信長まつり実行委員会)により、「あづち信長まつり」が開催された。【2003年 あづち信長祭り Photo1/Photo2
 町の各村落の区長が信長や秀吉や家康その他の武将や姫に扮して文芸セミナリヨ」や信長の館」、安土城考古博物館」のある広大な敷地内で武者行列を行うのが、このイヴェントのメインプログラムだ。この行事と併行して商工会が主催する各種の出店や、町内の学校、文化芸能団体の発表やが2日間にわたって行われた。
 信長について、先生は各種の講演やTV放送で多く語って居られるが、特に『NHK人間大学〜日本人と西洋音楽=異文化との出会い(1997.4〜6)』では、「宣教師たちの音楽伝道(テキストP26〜38)」に1549(天文18年)のザビエル来日以来、大内大友大村有馬、そして織田信長などの大名によって庇護され布教のための拠点を獲得したとある。
 1579(天正7年)に布教のため来日したイエズス会総長代理として来日したヴァリニャーノが有馬、大友、織田の許可により3種の聖職者養成学校を設立した。
 有馬(1580年)と安土(1581年)のセミナリヨ(神学校)」で他に豊後臼杵(1580年)の「ノヴィシアド(修練院または訓練校)」、府内の「コレジオ(学院、または学林)」であり、音楽が正規のカリキュラムとして採用されたのはセミナリヨで、地位の高い武士の子弟が教育を受けたとヴァリニャーノの記録に残っている。
 このような意味合いから西洋音楽の移入に関してこれらの大名の功績は大きいし、信長の居城、安土に西洋音楽の拠点があったこと、現在のバロック・オルガン設備の有る「文芸セミナリヨ」が存在することの歴史的意義は大きいと言わねばなるまい。
 先生は、安土のセミナリヨでグレゴリオ聖歌やオルガン、器楽合奏を鑑賞した信長が、1582年(天正10年)6月2日、本能寺の変」で亡くならなければ、日本の音楽教育はまた違った発展をしていただろうと話されていた。
(早崎日出太)
書 名 価 格 編 者 発行所 頁数 寸 法
私の日本音楽史〜異文化との出会い
ISBN4−14−084101−X C1373
1,070円 團 伊玖磨 日本放送出版協会 369 178×124×12 
No タイトル 内容 備考
1 はじめに 書掛け項目
2 1 最初の音楽伝来 9
3 2 南蛮音楽の渡来 43
3 日本音楽の展開 82
5 ペリーと軍楽隊 128
6 5 五つの「君が代」 150
7 6 唱歌の誕生 183
8 7 全国に広がる唱歌 203
9 8 器楽の発展と「軍楽隊」 234
10 9 「日本語と音楽」〜山田耕筰の確立した技法 263
11 10 音楽産業の台頭 284
12 11 オペラとオーケストラ 308
13 12 戦時下の音楽 333
14 13 現代日本の音楽と 352
15 参考文献 370