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ダークダックスの歩んだ道(1951〜)
西暦 年号 主なイヴェント 付帯記事
1951 昭和 26年 12月 24日 クリスマス・イブに、男声三重唱団誕生。
メンバー(遠山・喜早・佐々木)
昭和26年12月24日(1951)を、結成の日とする。
1952 昭和 27年 4月   高見沢入学加わり、男声4重唱団になりダークダックスと命名。 NHK(昼のいこい)ラジオ初出演
1954 昭和 29年     ラジオ東京(現TBSラジオ)
「ミュージック・レストラン」レギュラー出演。
以後、ラジオ、テレビへのレギュラー出演番組は後記する。
1955 昭和 30年 5月   大阪労音への出演をきっかけにプロとしてスタート。
(日本劇場)
 
1956 昭和 31年     ダークダックス結成5周年  
昭和 31年 2月     レコード初吹き込み(テイチク・レコード)「慕情」
昭和 31年 10月     レコード初吹き込み。(テイチク・レコード)より 同じく、ロシア民謡 「灯」発売、大ヒットとなる。
1957 昭和 32年 3月   第1回リサイタル メイン・テーマ「世界の歌・創作合唱曲」
1958 昭和 33年 1月   第1回ニューイヤー・コンサート
昭和 33年 3月   第2回リサイタル開催 メイン・テーマ=「世界の歌第2集・創作曲」
昭和 33年 11月   【芸術祭奨励賞】受賞。 ダークダックス企画・構成・作詩・作曲「四季の自然による四つの試み》(テイチク・レコード」に対して。
昭和 33年 11月   第1回『あひるの国』開催。
子供達に、良い音楽を与える事を意図して、作家 飯沢匡氏の指導のもと、黒柳徹子、大山のぶ代さん等の協力で開催。
 
昭和 33年 12月 31日 第9回NHK紅白歌合戦(初出場)「ともしび」  
1959 昭和 34年 1月   第2回ニューイヤー・コンサート  
昭和 34年 4月   第3回リサイタル開催 メイン・テーマ 「ロシアの歌・民話風なミュージカルファンタジー」吉永淳一作詩、中田書直作曲。 
昭和 34年 6月     「雪山讃歌」を発売(キングレコード)し、作詩者、京都大学名誉教受・西堀栄三郎先生に感謝された。
昭和 34年 12月 31日 第10回紅白歌合戦(2回目)「雪山讃歌」  
1960 昭和 35年 1月   第3回ニューイヤー・コンサート  
昭和 35年 3月   第4回リサイタル開催。  メイン・テーマ 「合唱組曲・山に祈る」冬山遭難防 1960止キャンペーンで長野県警察本部編集(山に祈る)の小冊子を素材に制作した。この組曲を発表、大反響をよび、以後アマチュア合唱団の大切なレパートリーになる。
昭和 35年 5月   ソ連公演第1回 ソ連文化省の招碑で、日本人ポピュラー音楽家として、初のソ連公演を行い大成功。その実績により、その後7回のソ連公演を行っている。
昭和 35年 9月   帰国公演『ダークダックスが帰って来た』を開催。  
昭和 35年 12月 31日 第11回紅白歌合戦(3回目)「すずらん」  
1961 昭和 36年     ダークダックス結成10周年  
昭和 36年     第12回紅白歌合戦(4回目)「北上夜曲」  
昭和 36年 1月   第4回ニューイヤー・コンサート  
昭和 36年 3月   第5回リサイタル開催 メイン・テーマ “恋することと愛することの三楽章」遠藤周作原作、保富康午構成・脚色、服部克久作曲。
昭和 36年 4月     岩手県盛岡市で耳にした「北上夜曲」をレコード発売、大ヒットする。
昭和 36年 11月   初のハワイ公演を行う。  
1962 昭和 37年 1月   第5回ニューイヤー・コンサート  
昭和 37年 2月     群馬演奏旅行で知った「山男の歌」をレコード発売、大ヒット。以後、レコード吹き込みは別紙の一覧表参照。
昭和 37年 3月   第6回リサイタル開催 メイン・テーマ 「鎮魂曲 眠れ幼き魂(こころ)」
構成・作詩保富康午、佐藤真作曲。原爆の恐怖を歌った合唱組曲で、発表後アマチュア合唱団によく取り上げられた。
昭和 37年 5月   第2回ソ連演奏旅行。  
昭和 37年 12月 31日 第13回紅白歌合戦(第5回目)「山男の歌」  
1963 昭和 38年 1月   第6回ニューイヤー・コンサート  
昭和 38年 3月   第7回リサイタル開催  
昭和 38年 12月 31日 第14回紅白歌合戦(第6回目)「カリンカ」  
1964 昭和 39年 1月   第7回ニューイヤー・コンサート  
昭和 39年 3月   第8回リサイタル開催  
昭和 39年 12月 31日 第15回紅白歌合戦(第7回目)「アンジェリータ」  
1965 昭和 40年 1月   第8回ニューイヤー・コンサート  
昭和 40年 3月   第9回リサイタル開催  
昭和 40年 12月 31日 第16回紅白歌合戦(第8回目)「エーデルワイス」  
1966 昭和 41年     ダークダックス結成15周年  
昭和 41年     「銀色の道」大ヒット!以後ダークダックスを代表する曲になる。  
昭和 41年     第10回リサイタル開催  
昭和 41年 1月   第9回ニューイヤー・コンサート  
昭和 41年 12月 31日 第17回紅白歌合戦(第9回目)「銀色の道」  
1967 昭和 42年       「銀色の道」レコード発売される。
昭和 42年 1月   第10回ニューイヤー・コンサート  
昭和 42年 4月   第11回リサイタル開催 メイン・テーマ「あの空の青さ・みんなで歌おう・銀色の道」
昭和 42年 4月   第3回ソ連演奏旅行  
昭和 42年 11月   【芸術祭奨励賞】受賞。 「ダークダックスショー日本の子供たち」に対して。
昭和 42年 12月 31日 第18回紅白歌合戦(第10回目)」「すばらしい明日」  
1968 昭和 43年 1月   第11回ニューイヤー・コンサート  
昭和 43年 3月   第12回リサイタル開催。 メイン・テーマ「15年間メドレー・子供達の歌第6集」 
昭和 43年 7月   台湾へテレビ取材.旅行。  
昭和 43年 8月   イギリス、アメリカ、カナダヘテレビ取材旅行。  
昭和 43年 8月     LP「スカンク・カンク・プー」発売。
サトウハチロー作詩・中田喜直作曲。
昭和 43年 11月   【第3回モービル児童文化賞】受賞。 一連の児童詩の作品に対して。
昭和 43年 12月 31日 第19回紅白歌合戦(第11回目)「ラ・ゴロンドリーナ」  
1969 昭和 44年 1月   第12回ニューイヤー・コンサート  
昭和 44年 4月   第13回リサイタル開催。 メイン・テーマ「組曲・花と愛と」
辻井喬作詩、服部克久作曲。
昭和 44年 9月   日本航空オーストラリア初乗り入れの発達隊として派遣され、現地政財界人に日本の歌の数々を披露する。  
昭和 44年 11月   【芸術祭奨励賞】受賞 子供達のための演奏会、児童詩の制作発表に対して。
昭和 44年 12月 31日 第20回紅白歌合戦(第12回目)「あんな娘がいいな」  
1970 昭和 45年 1月   第13回ニューイヤー・コンサート  
昭和 45年 2月   アメリカ、ブラジルへテレビ取材旅行。  
昭和 45年 3月   第14回リサイタル開催 メイン・テーマ「合唱詩・巴里小品集」
西条八十作詩、團伊玖磨作曲
昭和 45年 11月   「花のメルヘン」をプロデュースし発売、大ヒット。  
昭和 45年 12月 31日 第21回紅白歌合戦(第13回目)「ドンパン節」  
1971 昭和 46年     ダークダックス結成20周年  
昭和 46年 1月   第14回ニューイヤー・コンサート  
昭和 46年 2月   スウェーデンからフランスへ。パリで人気作曲家フランシス・レイ氏に依頼してあった、「愛のメルヘン」をレコーディングする。  
昭和 46年 3月     《愛のメルヘン》発売。
昭和 46年 5月   第15回リサイタル開催 メイン・テーマ
「とつぜんダークダックスが・あいかわらずダークダックスが」
昭和 46年 6月   ダークダックス結成20周年記念パーティー開催。  
昭和 46年 12月   【日本レコード大賞編曲賞】受賞。 花のメルヘンのヒットに対して。
昭和 46年 12月 31日 第22回紅白歌合戦(第14回目)「白銀は招くよメドレー」  
1972 昭和 47年 1月   第15回ニューイヤー・コンサート  
昭和 47年 5月   第16回リサイタル開催 メイン・テーマ「あひる家バンザイ!」
保富康午構成、作詩、前田憲夫作曲。
昭和 47年 7月   第4回ソ連公演旅行。  
昭和 47年 12月   【日本レコード大賞企画賞】受賞。 日本唱歌大百科(全128曲、LP6枚組)の大作に対して。
1973 昭和 48年 1月   第16回ニューイヤー・コンサート  
昭和 48年 4月   第17回リサイタル開催 メイン・テーマ「合唱組曲・彼はベトナムで死んだ」
嶋本啓三郎原作、構成・作詩保富康午、作曲三沢郷
昭和 48年 4月   【芸術祭優秀賞】受賞。 特別コンサート《ダークダックス北原白秋」を歌う》に対して。
1974 昭和 49年 1月   第5回ソ連公演旅行  
昭和 49年 1月   第18回リサイタル開催。 メイン・テーマ「オリジナル・オリジナル・オリジナル」
昭和 49年 1月   第17回ニューイヤー・コンサート  
1975 昭和 50年 1月   第18回ニューイヤー・コンサート  
昭和 50年 4月     15年在籍したキング・レコードを離れ、ポリドール・レコードに移籍
昭和 50年 4月   第19回リサイタル開催 メイン・テーマ「四人で作ったリサイタル」
昭和 50年 6月     フィリッピンの栄養不良児の比国政府機関(ニュートリッション・プログラム)の催しに参加。その純益でマニラ空港に募金箱を設置する。
昭和 50年 7月     ハンブルグのドイツ・グラモフォン・レコード本社で映画音楽集「愛のロマネスク」のLPを制作する。
昭和 50年 7月     黒沢明監督によるソ連映画「デルス・ウザーラ」の主題歌を吹き込み発売。
昭和 50年 7月     グァム島で、小中学生を集めて行われたキャンプ(地球人学校)に参加し、子供達に歌のプレゼントをする。
1976 昭和 51年     ダークダックス結成25周年  
昭和 51年     【第9回日本作詩大賞LP賞】受賞 レコード・アルバム「父と娘」に対して
昭和 51年 1月   第19回ニューイヤー・コンサート  
昭和 51年 4月   第20回リサイタル開催 メイン・テーマ 「ダークダックス・ヒットパレード」
(結成25周年〜百年祭記念)4名×25年=100年というジョークで『百年祭』と命名し、全国イベントを展開し、延べ30万人を動員した。
昭和 51年 12月   【レコード大賞特別賞】受賞 25年間の音楽活動に対して
昭和 51年 12月   【ギャラクシー賞】受賞。 (放送批評懇談会)テレビ神奈川の(ダークダックス25時間テレソン=生きる)で行った(花子の車椅子募金)に対し。
昭和 51年 12月 31日 第27回紅白歌合戦(第15回目)「二十二歳まで」  
1977 昭和 52年 1月   国際交流基金から、文化使節として、南米のブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルーヘ派遣され、各地でコンサートを開き、日本の歌は勿論、訪れた国々の歌を歌い、在留邦人にも大変喜ばれた。  
昭和 52年 1月   第20回ニューイヤー・コンサート  
昭和 52年 5月   第21回リサイタル開催  メイン・テーマ「組歌 走馬灯」
1978 昭和 53年 1月   第21回ニューイヤー・コンサート  
昭和 53年 5月   第22回リサイタル開催  メイン・テーマ「合唱組曲 日本の道(九州路一長崎街道)」 辻井喬作詩、團伊玖磨作曲
昭和 53年 7月     戦後、日本ポピュラー音楽家として初の中国訪問。團伊玖磨氏を団長に、園田高弘、千葉馨、大木正興各氏らと、上海、北京、西安を訪ね各地で異色のコンートを開き音楽事情を調査した。この時通訳として同行したのが、若き日の唐外務大臣だった。
1979 昭和 54年 1月   第22回ニューイヤー・コンサート  
昭和 54年 4月     ダークダックスの半自叙伝ともいえる、こころの歌「日本と世界の愛唱歌」LP25枚組セットを発売。
昭和 54年 5月   第23回リサイタル開催 メイン・テーマ 「合唱組曲 ガラスのうさぎ」高木敏子原作・杉紀彦構成・作詩、服部克久作曲。
第二次大戦で両親を失った悲劇の体験談を組曲にしたが、この作品も発表以来、多くのアマチュア合唱団に取り上げられ公演されている。
上記、「ガラスのうさぎ」を、東京大空襲の日に、悲劇の現場(浅草公会堂)で再演した。
1980 昭和 55年 1月   第23回ニューイヤー・コンサート  
昭和 55年 5月   第24回リサイタル開催 メイン・テーマ「山の讃歌」ダークダックス結成30周年
1981 昭和 56年 1月   ダークダックス結成30周年 結成30周年のテーマ・ソング「絆」のレコーディング終了
昭和 56年 1月  11日 第24回ニューイヤー・コンサート  
昭和 56年